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フランス通信(34)                  
*殺人的な大嵐 ( LA TEMPETE MEURTRIERE )
2月もあと1日で終わろうとしていた27日夜のテレビでは、天気予報局(Meteo France)がしきりと140km/hの強風が雨を伴った一寸いつもとは異なった大嵐(Tempete peu commune)がやって来るとの注意報を流していました。その頃この嵐はスペイン、ポルトガルを通過中で、夜半頃にはフランス本土に到達するとの予報でした。しかし、夜が更けてもいつもと変わらず、一旦は嵐が反れたのではないかと思われたのですが“嵐の前の静けさ”、日曜日の明け方、早起き鳥のさえずりが聞こえたと思う間もなく、ヒューッではなくドーンという強風の衝撃音で嵐が始まりました。風が余りにも強いので雨が霧吹きで吹かれたように、煙のように四方に散って、木々がよくもこんなに、と思う程に左右に撓り、窓ガラスが割れるのでは、扉が飛ばされるのではないか、と正直云って怖いものでした。“シンシア”(Xynthia)と名付けられた、日本で云えば台風のような大嵐は、5時間も吹き荒れたでしょうか、丁度1999年の冬に、ヴェルサイユ宮殿の庭にあるマリー・アントワネットの樫の木を倒し、各地に大被害をもたらした“ロタール”(Lothar)という名の大嵐を思い出させて、北の方へ去っていきましたが、西部海岸地域は折から満月の大潮(Les grandes marees)に165km/hもの強風で津波のような高波が住民の寝込みを襲い、普段は平穏な海に面した住宅地は数分にして2mから2,5mの水位の洪水となり、家の中で溺れ死ぬ人、パジャマや裸で寝ていたものですから冷たい海水に冷え切って死んだ人も少なくありませんでした。あまりに急な事で救助隊の出動も嵐が過ぎ去ってからとなり、潜水夫も多数参加して一軒一軒を見廻り、生存者(les rescapes,les survivants)を空からヘリコプターで吊り上げる状況でした。特に被害が大きかったのは(les degats considerables)イル・ド・レ(Ile de Re)やオレロン島(Ile d’ Oleron)ラ・ロシェル(La Rochelle)の周辺、シャラント・マリティム地方からヴァンデェ地方にかけての海岸地帯(En Charente-Maritime et en Vendee, tout le littoral est devaste)で50名以上の死者を出し、名物のジャガイモ畑や牡蠣の養殖田(les concessions d’ostreiculture)、ゲランドの塩田(les marais salants de Guerande)が流れ去り、バターの産地の牧場が水没しました。先日迄チリ大地震で活躍した救助隊も加わって、救助は3月に入っても続けられていますが、海抜が低いので、なかなか水、それも塩水が引かず、助かった人たちも自分の家に戻ることが出来ず、やっと帰ってみれば、辺りにヨットと車が折り重なり、家の中は、家具は壊れ、泥に埋まり、凄惨な光景に、家にはもう帰りたくないと泣き崩れる老人の姿が涙を誘っています。被害甚大な地方にお住いの方々には心からお見舞いを申し上げます。
*江戸東京野菜  ( LES LEGUMES D’ EDO )
先号で“朝市”と題して今や食卓から遠くなってしまった菊芋やチョロギ等の根菜が見直されているというお話をしましたところ、これを読んだ友人が東京でも同様で「江戸東京野菜」と呼んで地野菜が流行っている由伝えてきました。それによりますと、かつて東京周辺で栽培されていた在来品種で、明治以降の急速な農地転用によって消滅してしまった野菜を復刻栽培し、新鮮でヘルシー、地物の美味しさを再確認し、同時に地域の活性化や農産物の自給率アップに繋がるというものだそうです。「練馬大根」「亀戸大根」「谷中生姜」「千住葱」「滝野川牛蒡」「内藤唐辛子」「駒込半白胡瓜」「淀橋南瓜」「砂村茄子」「砂村三寸人参」「鳴子瓜」等々、懐かしい名前が見られ、これらを使った料理を出すレストランも増えているとのことです。

*歩む男 ( L’ HOMME QUI MARCHE1)
ジャコメティ(Alberto Giacometti(1901-1966))の作品で唯一つの等身大(183cm)の“歩む男1”。「人間の条件」(La Condition Humaine(1933))を書いた小説家で美術史家でもあり文化相も務めたアンドレ・マルロー(Andre Malraux(1901-1976))が最も好んだブロンズ像の“歩む男1”が2月にロンドンのサザビーズにてのオークションで予想値の3倍、世界最高値の104,33ミリオンUSドル、ユーロに換算すると74,2ミリオンで競り落とされ、これは2004年5月ニューヨークのサザビーズで売られたピカソの“パイプをくわえた男”(le Garcon a la pipe(1905))の104,16ドルの記録を破りました。1959年にNYのシェーズ・マンハッタン銀行から、ジャコメッティにとっては初めての発注を受けて作ったものですが、その名の通り画商から画商、コレクターの手からコレクターの手へ、と世界を歩き回り、今回はそれまで30年間も会議室に唯置いていた持ち主、ドイツのコメルツバンクが美術関連の財団を作るために手放した
為、ロシアの富豪で40年も機会を待ったというアブラモビッチ氏の所へ歩んで行きました。「この男には肉も無く裸だが、歩み続け、前進する人間を象徴している。」(Cet homme est decharne et nu, mais il continue d’avancer. Il symbolize l’humnite en marcche) パリでは2007年から2008年にかけてポンピドーセンターで開催された“ジャコメティのアトリエ展”にこの“歩む男”が展示されました。モンパルナスに近いパリ14区の小路(46,rue Hyppolyte Maindron)に出掛けてみますと、当時の家は壊されて在りませんが、その場所に立ちますと、写真家のドアノー等の写真に見る雑然とした汚く狭いアトリエの雰囲気が感じられます。

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